新聞の定期購読の役割

子供の頃から、家のポストに毎朝定期的に届けられていた新聞。
ほんの少し前までは生活習慣の一部だったものが、今や多様化するメディア、生活スタイルの中でその役割や価値までも変化しているように思える。
そんな中で新聞の定期購読の意味を考えてみよう。

あなたの生活の中で、新聞ってどういう位置づけしていました。 小さい頃、自宅のポスト、新聞受けに新聞を取りにいくのが、私の仕事でした。 なんて方もいらっしゃるのではないですか?

家族の誰よりも早く目を覚まし、朝一番に新聞に目を通す。そして、一番に昨日のプロ野球の結果のページを開く・・・。 テレビのナイター中継がいつも途中で終了していた頃、結果の載っている新聞は貴重な情報源でした。いつも野球の結果ばかり気にしていた子供も自然にページをめくることで社会ニュースや政治ニュースに目を開く子供になっていきました。

「へえーっ、この子僕とたいして年も変わらないのにすごい子だなぁー。」
「世の中にはこんな考えで行動する人もいるんだなぁー。」
毎日自宅に届く新聞から、少しずつ大きな社会を見通していたような気がします。

そして、いつの間にか大人との会話に新聞から得た情報が上るようになっていきました。親との会話に自然に「家族の共通の価値観」というものも出来上がっていったような気がします。

新聞紙面の分からない漢字や言葉の意味を母親に尋ねて、そこから親子の会話や社会勉強をしていた気がします。家庭の中に新聞があるということで、家族の会話の話題やそれを一緒に考えるという生活スタイルがあったと思います。

ライフスタイルの変化やメディアの多様化の中で家庭というよりも、個人を優先する流れが強くなり、「共通の」「一緒に」という部分が薄れていっている感じがします。

社会の変化には一長一短あり、良き面・悪き面あると思います。
でも、どうでしょう?インターネットに慣れた世代にあって「新聞の定期購読」は必要ないものなのでしょうか?

明治以降、140年近くも毎朝自宅のポストに定期的に届けてくれる新聞。
情報の氾濫の中で、"考える"というポイントが減ってきている気がするのは私だけでしょうか?安易な、短絡的な犯罪が増えている傾向からも今一度「新聞の定期購読ある生活」をみんなで考えてみるのも大切なことではないでしょうか?

人間の社会は、リレーションです。親から子へ、子から孫へ・・・延々と続いていきます。考えや価値観も伝わっていきます。
何が大切か、人への思いやり、社会生活の中での協調性、人として生きる価値・・・それらを教えられ、自分で考え、実践して、自分の中に創り上げていく。
そして、その中で社会との関わりを自分で築いていく。そのためには、小さい頃から社会を知る、社会との関わりを知るということが大切になってきます。

そういう社会性の勉強に新聞は、未だ大きな価値や役割を担っている。そう考えています。
今後も、この「新聞の定期購読を考える会」を通して、新聞の役割発信をしていきたいと思います。

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